• 小宮山剛

私たちは他人よりもすこしばかり外付けHDDの容量が大きい(第3回積読読書会レビュー)

※本記事は小宮山剛のnote掲載用に書かれたものです。そちらのほうが読みやすいレイアウトとなっております※

→ https://note.com/tsuyoshikomiyama/n/n4f310091e0ab


はじめての昼下がり開催となった「積読読書会」はもう3回目。第1回、第2回ともに温厚かつ賑やかな方々の集まりが続き、おかげさまで毎度大変楽しい会を催すことができています。


📚土曜日の昼下がり


 土曜日の昼下がり。最高の時間だ。  金曜日までの仕事の憂鬱が液中に投じられたグラニュー糖のように溶けていき、翌日にはさんさんと陽の降る日曜日が待っている。午前中に散歩がてら出かけた先の駅前にあるグローサリーで買ったクラフトビールを開栓したら、自分のブランチかと勘違いした飼い猫が確信的な顔をしてすりよってきた。麦芽の匂いをかいだ彼女はやれやれといった様子でまた寝室のほうへ帰ってしまった。  わたしは一人残されたリビングで親しみ深い味がするIPAをすすり、戸外から聞こえる新緑の波の音が聞こえるようにそっと呼吸のテンポを落としてみる。土曜日の昼下がり特有の、薄色のあたたかな景色が窓外からわたしをみまもっていた。

・・・ここまで素敵な時間を共有できたかどうかはわかりませんし、ビールを飲んでいる人もいませんでしたが(飲んだっていいんだよ)、皆さんの笑顔から拝察するになかなか楽しかったんではないかと思われます!





📚積読こそが完全な読書術である


永田希さんの御著書を教科書にしたかのように、僕たちは積読礼讃を惜しむことが無かった。第3回積読読書会は比較的コンパクトなサイズ感で実施できたので、一人一冊というルールもなく皆いくつかの積読を紹介することができた。ハンス・ヨナスに書店主の話、そして数学の秘密を探り「書物への愛」を語り、果ては遠い国の歴史の遥か彼方に思いを馳せる・・・。下記に、今回の読書会で持ち上げられた積読さんたちをご紹介したい。





様々な積読がこうして一つの場に集積される様は、複数のクラウドデータストレージから一時的に必要なデータをダウンロードし、自分のデバイス上で眺め楽しんでいるかのようだった。


そして「読まない」という選択肢を楽しむことも大事だ。「本の装丁があまりに綺麗だから」「文字を追うだけで楽しいから」「保護紙が立派で気が引けるから」。そのどれもが本を読まない理由ではあるけれど、本を蔑ろにする理由にはならない。


自宅で大切に積まれている本たちは、それだけで徳の力を発散しているのである。


そんな気がしませんか?


しませんか。。。そうですか。。。


📚積読は外付けHDDである


積読礼讃のなかで生まれたのが「積読って外付けHDD(ハードディスク)だよね」という合意。たしかに、自宅や書庫のキャパシティだけ記憶を積めるストレージとしての積読という理解は面白い。


貯めこんでおいて、必要な時に引っ張り出すことができるデータの集積。それこそが積読であり、そのどれもがいい匂いがして可愛くて幸福のオーラを放っている。


なにそれ、ステキ。


僕が「『外付けHDD』と言えば、最近流行っている『独学大全』でも『外部足場』という言葉を引きながら、脳の外にある情報を活用することで高みに到達することができるって言ってましたよね~」と言ったところ、次々と積読から『独学大全』を引っ張り出してくる皆さんw。鈍器とか煉瓦とか言われているあの本、やっぱり積読家の皆さんにとってはたまらないんでしょうね。


他の人よりもちょっとばかり積読が多い僕たちはきっと、「他人よりもすこしばかり外付けHDDの容量が大きい」ということなのでしょう。


📚図書館は壮大な外付けHDDである


第3回積読読書会には図書館学の先生もいらしていたのでこんな話が盛り上がったのだけれど、また『独学大全』でも図書館の活用方法について多くのページを割いていたのだけれど、図書館というのは脳外の記憶装置として非常に壮大で優れている。正しいアクセス方法と情報の引き出し方を心得れば、それはもうとっても役に立つものなのである。


僕がひどく同意したのは「図書館好き=小説好き」以外の想像があまりないのは哀しいし改善されるべきだよね、ということだった。だからこそ日本の図書館の多くはNDC(日本十進分類法)コードの913.6(日本文学の小説)で埋め尽くされてしまっているし、図書館にいくのは「娯楽」だと思われてしまうのだ。


(「小説は娯楽である」というのもまたひとつの悲しむべき誤解である。フィクションによる力でしか創造しえない行動がいくつもあるし、ユヴァル・ノア・ハラリが『サピエンス全史』で述べるように、フィクションこそが人類が知的である由縁なのだ。サピエンスをおいてほかに、想像の話を組み上げることができる存在はない、と思われる)


図書館を正しく使うというのは、仕事であったり研究であったりにおいて新たな価値を生むために必要不可欠なプロセスといってもいい。いや、プロセスというよりもそれは価値創出の原初とも言える行為である。そしてなおのこと激しい言い方をするならば、図書館の使い方を心得ずに仕事なりなんなりを進めようという人は、たいして価値のない仕事ばかりを表層的にこなしているにすぎない。


日本の、NDCでしっかりと管理された図書館の整然たる情報の羅列をどう使うか。それは生活や仕事にとり差し迫った問題であり、そのことはとりもなおさず、積読の必要性と緊急性にも通ずるのである。


今すぐ本を積むのだ!


なお、椎葉村図書館「ぶん文Bun」は「誰のためでもある」図書館を脱却し「誰かのための」図書館を目指し構想された。そのために全国共通のNDCという本の並べ方を採用せず、椎葉の椎葉による椎葉のための本を、椎葉独自方式でディスプレイしている。本を手に取る人の多くをカスタマー・ジャーニー・マップ的に想像し、「この本の並びは私のためにあるんだ」という奇跡的な出逢いを生むような世界観を構築した。このあたりについては、下記の小宮山剛ブログやYouTube動画に詳しい。


<ブログ>

『意志あるところ本あり。』:秘境暮らし司書ライター小宮山剛のホームページ


<動 画>



📚なんや言うとりますけど自由で楽しい会です


以上のようなアツい・美しい議論をとりあげてみたけれど、積読読書会の大半は雑談である。一番図書館について熱く語ってくれた図書館の先生は、今回も持ち込んだ積読を開かぬまま黙読タイムを終えた(以前の積読読書会では黙読タイムに歯磨きをしていたそうだ)。猫さんはカメラ前に陣取り、積読を読むことを許さないという身構えだった(積読読書会への猫さん参加率高し!!)。


そんなふうに、自由にやりたいと思います。ビールでも飲みながら、楽しくやりましょう。人様を攻撃しなければ、寝ていようが何しようがかまわないという自然体の読書会であります。積読をもってくればいいので事前課題もありませんし、手ぶらでもかまいません!


次回もまた一か月後、6月末に・・・。といきたいところですが、6月といえば「あの日」があるので6月19日㈯に催したいと思います。


📚第4回積読読書会は6月19日!


桜桃忌によせて ~太宰治本~:秘境暮らし司書ライター小宮山剛のホームページ


ピンとくる方も多いでしょうか、6月19日は桜桃忌であります。桜桃忌についての想いを語ると長くなるので、そちらについては上記小宮山剛のブログをご笑覧ください。東京や静岡に住んでいた頃は三鷹・下連雀に何度も通っていたのですが、それも難しくなりましたね・・・。


しかしオンラインでは全国どこでもつながることができます!太宰治を偲ぶ会・・・というわけではなくただただ積読を愛でる会なので正直あまり関連性はないような気もするのですが、桜桃忌と重なる奇縁を感じつつ夜の積読読書会を開催できればと思います!


<第4回積読読書会開催予定>  日時:2021年6月19日㈯ 21:00~  場所:オンライン  お題:積読📚

それでは、第3回積読読書会もありがとうございました。またお会いできます日を心待ちにしております・・・。


その日まで、よい積読ライフをお過ごしください。

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