• 小宮山剛

マスクのない笑顔を求めて:第2回積読読書会レポート

※本記事は当初小宮山剛のnoteにて記載されました。美観や正しいリンクの都合上note記事のほうが読みやすくなっておりますので、どうぞそちらでの閲覧をお勧めいたします…。

note記事はこちら → https://note.com/tsuyoshikomiyama/n/nf3d7747ae548

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第2回積読読書会のレポートは、これまた感動の連続に満ちている。「熟成」をキーワードとした積読さんとの戯れに、「本と一筆」を取り入れた静寂のひと時。21時の開始から24時まで語りつくした本会主催者のクリエイティブ司書・小宮山剛は「次回は昼開催にしないと、夜ふかししない人には厳しいかもなぁ」などと思ったのであった・・・。


※現状、第3回積読読書会は2021年5月29日㈯の夜に開催予定です。「昼がいいよ!」というお声がおありでしたら、ぜひお気軽にお声がけくださいませ。小宮山は夜更かし大好きなので翌日も元気に仕事へ向かいましたが、皆さんの生活リズムや美容に影響が出ていないか心配で申し訳なく思っております・・・(´・ω・`)マ、イッカ。


それでは、第2回積読読書会レポートをご覧ください。



目次

  • 「熟成された積読」

  • 「本って積んでもいいんだ」

  • 「積まれるべくして積まれる本たち」

  • 「本と一筆がサイコーだった件」

  • 「マスクのない笑顔を求めて」:積読読書会をはじめたきっかけ



「熟成された積読」

・・・そんな山上の垂訓でも聞かれないような有難い金言が、2021年4月30日にオンラインで催された第2回積読読書会の中で飛び出した。積読協会(会員募集中だそうです!)なるアソシエーションを設立したと言う男性が発したその言葉は、読書会に参加する大多数を納得させ、安心させ、そして一人をツボにはまらせた。主催者であるクリエイティブ司書・小宮山もツボにこそハマらなかったけれど、読書会の間ずっと「熟成」という言葉を忘れられなかった。


「本って積んでもいいんだ」

・・・第1回積読読書会でも共有されたそんな安心感を求め、今回は12名の積読人・ツンドキスト(タ)・積読家たちから参加のお申込みをいただいた。うち1人はオンライン積読読書会の発起人である私であり、うち1人は「本と一筆」を企画運営する馬場みなみさんであった。そして1人が寝坊して欠席ということで、全体で11名での積読談義となった。


夜9時開始のオンラインイベントに寝坊というのは何とも救われない悲劇であるが、その方が積読を抱いたまま眠りにつかれたのではないかと想像すると、それもまた一つ極上な積読時間だったのではないかと夢見る心地にさせられる。次回第3回ではぜひ、またお会いしましょう。


さて、先ほど「『熟成』という言葉を忘れられなかった」と申し上げたが、それもそのはず。この日はやたらワインに関連する生き方をされている人が多かった。かつて椎葉村図書館「ぶん文Bun」でもワイン片手に読書会を実施したことがあるけれど、やはり本を語らう場にワインというものは欠かせないのかもしれない。


「積まれるべくして積まれる本たち」

・・・以下に、参加者の皆さんがお持ちよりくださった積読の紹介を記す。中には「もう積んでおくことなんてできない、すぐ読み切っちゃいそう」という稀有な…いえ「理想的な」ケースとして脱・積読となった積読さんもあったけれど、もしかすると大半の場合は「やっぱり積んどこう」ということでさらなる熟成が決定づけられたのかもしれない。


もちろんどちらも正解である…もとい、積読さんとの付き合い方に正解などはないのである。恋愛のかたちにマルもバツもないように、積読さんとどのような運命を歩もうと、それは個々人と積読さんとだけの関係性に委ねられるところでしかないのだ。


それでは、第2回積読読書会にて紹介された積読さんたちのリストを紹介しよう・・・。


<Tsundoku No. 1>

『闘う葡萄酒: 都農ワイナリー伝説』


<Tsundoku No. 2>

『パチンコ』(ミン・ジン・リー著)


<Tsundoku No. 3>

『「待つ」ということ 』


<Tsundoku No. 4>

『本の読める場所を求めて』


<Tsundoku No. 5>

『音、沈黙と測りあえるほどに』


<Tsundoku No. 6>

『とある暮らし』


<Tsundoku No. 7>

『メタマジック・ゲーム―科学と芸術のジグソーパズル』


<Tsundoku No. 8>

『進化思考――生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」』


<Tsundoku No. 9>

『「山奥ニート」やってます。』


<Tsundoku No. 10>

『しあわせ農泊―安心院グリーンツーリズム物語』


<Tsundoku No. 11>

『たかがハチ、されどミツバチ―日本ミツバチに教えられること』




もう、11冊の積読が濃厚すぎてサッカー界でいえばきっと「el Galáctico」。非常に強靭なイレブンが完成することだろう。11名のツンドキスト(タ)たちはどのようにしてこの積読さんたちと出会ったのか・・・。積読さんとの出会いにはどんなエピソードがあるのか・・・。気になる方はぜひ、次回の第3回積読読書会に参加してみてくださいね。


※次回は5月29日㈯開催の予定です。開催告知は小宮山剛のnoteで行いますので、ぜひフォローをよろしくお願いいたします。



「本と一筆がサイコーだった件」

今回は「積読読書会 feat. 本と一筆」ということで、積読さんたちと存分にたわむれた後は皆さんお気に入りの文房具を使って「積読とは何か?」とか、その日の感想とかを思い思いに書きつけた。



ちなみに小宮山はこういうセットである。ガラスペンもさることながら、インクは静岡の文具館コバヤシさんのオリジナル商品。夏らしいブルーが紙に広がる感触を味わいながら、積読さんとの長い長い夜を反芻した・・・。


ちなみにノートブックはもちろんMOLESKINEである。小宮山はリュックサックもMOLESKINEであって、ノートブックに関してはもうモレスキンしか使わないという徹底ぶりである。



・・・そして、これが良かった。


うん、「本と一筆」ばりよかです。


積読読書会のスケジュールは下記のように・・・


①自己紹介

②積読紹介

③黙読時間

④感想紹介


・・・と、自分の時間と他者との語らい時間とが入れ替わり立ち代わり訪れるようになっているのだけれど、最後にその締めとして「一筆」ぴしゃっと書くのがサイコーであった。自省と語らいの繰り返しこそ、ギリシア的学問の理想的体験である!


サイコーついでに小宮山が書いた内容を下記に記しておくので「へぇ」と思っていただきたい。



・・・なに、読めない?

・・・ほんとう・・・?


・・・そうですよね字が汚いですよね。下記に、文字おこししておきます。


「積読」。ちょっと可哀そうな響きもあるけれど、 誰かが「熟成」と言っただけで、捉え方がぐっと 変わった。 積まれたまま30年が経過した本は、どこか誇らしげだ。 30歳の僕は、生まれ年のワインで成人を祝った 10年前を思い出す。あのときも今も、積読が そばにいる。 寝かせて寝かせて、そして 最良のタイミングで出逢う日まで待つ。 これもまた、積読の楽しみかもね。 今日はすこしだけはやく寝てしまおうか。 それもきっと、僕にとっての熟成だ。 積読をしておけるのは、 明日がくるって、信じられるからだ。 小宮山剛 @第2回積読読書会

ふぉー!!やっぱり改めて見返すとなんだか気恥ずかしいものである。それでも載せる、載せるぞ。


だって、こんなことを書ける読書会を催せたことが嬉しいから。


・・・そして一つお詫びしておくと、成人を生まれ年のワインで祝うなどという極めて高貴なこと、したことありません。


この素敵な取り組み「本と一筆」は、鹿児島県・錦江町の地域おこし協力隊として活動している馬場みなみさんの企画運営である。なので次回以降小宮山が勝手にパクることはできないが、またコラボできるときがあればぜひ積読さんとの戯れを書き残す時間を確保したいところである!


「マスクのない笑顔を求めて」:積読読書会をはじめたきっかけ



これは、第2回積読読書会にご参加いただいた皆さんの様子である。ご覧いただくとお分かりのように、みんなマスクをしていない!


大丈夫、私は自粛警察ではない。みなさんそれぞれ自宅からオンラインでご参加いただいているので、当然である。


そして思うことは、最近(仕事でオンライン会議をするのでないかぎり)マスクのない人と話すことが非常に少ないな、ということである。私は図書館司書として図書館来館者さんとお話しすることがままあるけれど、当然のようにお互いマスクをしている。楽しい話もするけれど、きっとマスクの下は笑っているけれど、なんだか本物の笑顔を交換できていないような気がする。


僕が積読読書会を始めたのは、椎葉村有志読書会で「積読」をテーマにしたのがきっかけである。(そう。実は小宮山の発案ではなく、椎葉村地域おこし協力隊OBの人の発案なのである)


僕がこの初めての積読読書会で感動したのは、そこに椎葉村外から参加されていた医療関係者の方が「仕事場と家の往復で、仕事以外の話をする機会がなかった。そこにオンラインの積読読書会を見つけて参加してみたら、とても息抜きになった」とおっしゃっていたことだ。


僕が主催する積読読書会では、積読を持ち寄ることを原則としているけれど、積読がなくたってご参加いただいてかまわないと思っている。ただ「へぇ」と思いながら、ちょちょっと質問するだけでも大丈夫。ただ聞いているだけでも大丈夫。そうしてマスクなしで人と笑いながら話せる機会を、ただただ楽しんでほしいと思う。本を読まなくたって大丈夫なのだ。


図書館をイチからつくって実感していることのひとつが、本はいかなる楽しみ方をも受け容れる力があるということだ。本は、積んで置いておくだでけ科学的には解明不可能な波動を発し、幸福が訪れるという。本は読んでよし、眺めてよし、ただ空気を吸うのもよし、もちろん積むのもよしなのだ。可哀相な扱いをしなければ、何しても大丈夫なミス・アミーゴス。それが本なのだ。


・・・怪しいことも言い始めたのでこのあたりで締めようと思うが、畢竟僕はマスクのない笑顔を求めて積読読書会をやっているんだと思う。このコロナ禍でできる本絡みのコミュニケーションを求めて、足掻きながら、積読さんたちに助けを求めているのだと思う。


これからも積読さんたちが私達に付きあってくれるかぎり、積読人(つんどくじん・つんどきんちゅ)・ツンドキス卜(タ)・積読家(Tsundocker)として、積読読書会を開催していきたいと思う。


次回は5月29日㈯の開催である。昼開催がいいか夜開催がいいかもお尋ねしながら詳細を決めていきたいと思うので、どうぞまたご共有のほどお願いできれば幸甚である。


どうぞお願い申し上げます。


Un Tsundokisto

小宮山 剛


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