• 小宮山剛

月がみえたら、

 「クリエィティブ司書の棚」、9月の特集は「中秋の名月もあるし『月』にしよう」と決めていました。月、月、月・・・。眼にうかぶのは墨を流したような空に白々と浮かぶほとんど完全な円形。照らされる僕らは・・・「僕ら」・・・?


 月がみえたら、その夜が永遠に続いてほしいと願うのは僕だけだろうか。その月が完全に近ければ近いほどに、その夜の時間の円環は途切れることなく続いていくのではないかという儚い願望は強まる。Women in Loveの白い月は、白百合をよりいっそう白百合らしくならしめていた。完全なる月ってどんなものだろう。今度月がみえたら、完全なる月について考えてみよう。いつまでもいつまでも、僕たちは月をながめていることだろう。夜が終わらないようにと、不完全な祈りを捧げながら。


 月といえばThe RainbowWomen in LoveというD. H. Lawrenceの小説をすぐ思い浮かべるのだけれど、今回の「月がみえたら、」特集はただ「月が出てくればいい」というものではない。完全なる月は、不完全な永劫としての夜をつれてきてくれる。僕たちはその夜に浸り、その夜を共にする人と仮想の永劫を味わうことができるのだ。それは月あかりの力で引き寄せられる愛でもあり、孤独な人にとってはものがたりの力そのものでもある。ものがたりは、僕たちに永遠の夜を与えてくれる。


 「月がみえたら、」あなたはどんな夜を味わいたいですか。僕は「月がみえたら、」このものがたりたちと共に、ずっとずっと眠らない夜を味わいたい。9月のクリエィティブ司書は、秋の夜長に先立つ、ちょっとぜいたくな本たちです。





①『1Q84』

 「月」が著しく大切な役割をもつこのものがたりを、僕はヤナーチェクだけでなく時折チェト・ベイカーを鳴らしながら、人生の最も落ち窪んだ時期に読んでいた。『1Q84』さえあれば、僕は人生がどれほど落ち窪んでいようが、目の下にクマができようが、ガールフレンドが1カ月も連絡を返さなかろうが、すべてがどうでもよかった。これはそういうものがたりなのだ。


「天吾くん」と青豆が耳元で囁いた。低くもなく高くもない声、彼に何かを約束する声だ。「目を開けて」
 天吾は目を開ける。世界にもう一度時間が流れ始める。
「月が見える」と青豆は言った。

『1Q84』




②『夜行』

 いつまでも続きゆく夜を予感させる表題のこの作品を知ったのは、青森の津軽鉄道に乗る直前のことだった。僕はその青森旅行においてスキーの上級面を顔面で滑り降りるはめになるのだけれど、そんな恥ずかしい思い出すらもかき消してしまうほどにやさしい夜を、この本がもたらしてくれた。それは夜行列車の夜行であり、百鬼夜行の夜行でもある。そして僕にとっては何より、永劫の夜へと続くナイト・パレェドなのだ。


 彼女は暗い車窓に目をやって、闇の奥を見つめていた。
「夜の夢の中で色々な場所へ行った……」
「どんなところへ?」
「どこへでも行けるの。夜はどこにでも通じているから」
 俺は彼女につられるようにして車窓を見た。

『夜行』




③『夜はやさし』(Tender is the Night

 英語の強調構文をこの作品名で覚えた人は少なくないだろう。テンダー・イズ・ザ・ナイト。しかしながらF. スコット・フィッツジェラルドが描く夜は往々にして、一般人にとっては、やさしくない。タクシーの屋根に飛び乗ってNYの街を走り回る夜が(これは彼の実体験だけれど)、やさしいものとは言えないだろう。

 でも、そうした幾夜もの乱痴気さわぎを通り越した彼だからこそ、Tender is the Nightの意味は迫真したものを感じさせてくれる。'Rich Boy'の哀しき強がり、'The Ice Palace'の哀しき無頓着、The Great Gatsbyの哀しき命運。彼の人生と作品は常に哀しい。それだけに’Tender’の意味あいはとてつもなく大きい。

 果たして『夜はやさし』は、彼の人生のうちでは、成功をみなかった。もしこうした背景も含めてこの作品を楽しめると尚よいのだけれど、僕は9月の特集にただこの一冊を挿入するというだけでも、十分なフィッツジェラルド愛好者増加の可能性があるものだと思う。


 エイブ・ノースはまだリッツ・バーにいた。朝の九時からここに入りびたりだった。彼が避難場所を求めてここへやってきたときは、窓が開けっ放しで、射し入る太い陽光がうすよごれたカーペットやクッションからさかんにほこりを舞いあがらせていた。開放されて統率のなくなった従業員たちが、目下はひと気のない場所を右往左往し、廊下をかけまわっていた。普通のバーの反対側にある婦人向きのカウンターバーはばかに小さく見えた ― 午後になってあれほど大勢の人間がはいれようとは、とても想像できない。

『夜はやさし』



 以上のようなラインナップで、9月のクリエィティブ司書の棚はお届けします。


何といっても『夜行』の表紙が良い

 ・・・なんだか小説ばかりだなぁ・・・という感じがうすうす、でなく味濃いめアブラ多めで分かっておりますので、10月はハード目な分厚い本なんかも入れようかなと思っています?


 え、違う・・・?まぁ、交流拠点施設の図書コーナーのときはちゃんとやりますので、それまでは個人的趣味にお付き合いくださいませ(笑)


 今宵「月がみえたら、」ものがたりと共に夜を楽しみましょう。

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