• 小宮山剛

クリエイティブ司書賞(小宮山賞)発表!

2020年1月15日、 第162回 芥川龍之介賞・直木三十五賞の選考会が行われ、受賞作が発表された。

芥川賞は『背高泡立草』を著した、福岡出身の作家古川真人さん。直木賞は『熱源』を著した川越宗一さんに決定。『熱源』の作品紹介を読むと、それは第160回直木賞を受賞した真藤順丈さんの『宝島』をどこか僕に思い出させ、そしてどこか、アジア3国間の漂流物語を描いた東山彰良さんの『流』にも似た拍動を覚えた。時代の大脈がうねる瞬間を描き大流を刻む小説は、人間の営みをはるかな視点から眺める作者のみに書きうるものである。


さて、世間の賑わう文学賞といえばやはり芥川賞・直木賞である。芥川賞に関しては、第一回の選考に落ちた方が選考委員に対して「刺す」などと手紙を書いてしまったのも納得である。素晴らしい賞である。


では本屋大賞はどうであろう。全国の書店員さんが選ぶおすすめ本ナンバーワンを決定するこちらの賞は、皆さんが次に手にとる本を決める指針にされることも多いのではないだろうか。静岡県では県内書店員のみが独自に先行する「静岡書店大賞(通称SST)」があるそうで、HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEの書店員・新井見枝香さんが独自に選ぶ「新井賞」は今や全国的に有名だ。

書店員さんたちのおすすめ本は僕たちの慎ましい読書ライフを輝かせてくれる。書店員さんたちはすごい。


では、図書館司書はどうだろう。クリエイティブ司書小宮山はまだ図書館司書になっていないが、ここで先輩たちの動向をうかがってみる。Googleワードは「図書館司書 文学賞」である・・・。Let's Google it.


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もしや、ない?


・・・そんなわけはないと思うが、パッとインターネッツで輝かしく発信されているものはないように思う。もちろんサーチ不足でもある。調べるべきは『図書館雑誌』のバクナン(バックナンバー)かもしれないし、各図書館の展示を実際に見ることが大事かもしれない。もしかすると全国各地の図書館では、それぞれの司書さんが「~賞」を雨あられと発表し、そのおかげで日本の小説等購入事情は左右されているのかもしれない。




が、すくなくとも「一本好き」が暮らしていて、日常生活のなかでぱっと耳に入ってくる情報が無いのは寂しいことである。寂しいことであるからには、盛り上げなければならない。盛り上げなければならないからには、誰かがやらねばならない。誰かがやらなければならないから、やる。


2020年 第一回

「クリエイティブ司書賞」(小宮山賞)



イェーイ( ^)o(^ )


この賞は、椎葉村地域おこし協力隊クリエイティブ司書(小宮山剛)が毎年1月に発表する、前年に発行された図書のうちで最もおすすめしたい一冊(一シリーズ)に対して勝手に贈られる賞である。何の栄誉もなければ賞金もないし、きっと売り上げも上がらないけれど、「クリエイティブ司書はこんな本が好きなのかぁ」ということを知って訳知り顔になれるというとてもお得で害のない賞である。


そしてもちろんこの賞が発表される月の「クリエイティブ司書の棚」には、クリエイティブ司書賞(小宮山賞)が贈られた栄えある一冊と、それに関する特集が組まれ配されるわけである。なんと素晴らしい賞だろう。いったい誰がこんなに素晴らしい賞を考え出しちまったというんだろう。


では、早速(ぜんぜん早速ではない)・・・いきます!ハイッ




吉田修一『続横道世之介』(中央公論新社、2019)

祝・第一回「クリエイティブ司書賞(小宮山賞)」受賞!!ワーイ
 自堕落な生活に慣れちゃダメなのである。不運に慣れちゃダメなのである。向上心を失ってはダメなのである。
 それは分かっている。
 だがしかし、人生には何をやってもダメなときもあるのである。

『続横道世之介』


栄えある「2020年 第一回『クリエイティブ司書賞』(小宮山賞)」は『続横道世之介』に渾身のアイ・ラブ・ユーとテ・アモを贈ります!


2010年に第23回柴田錬三郎賞を受賞した『横道世之介』の続編が出た!これだけで小宮山は大いに沸いた。まさに「世之介が帰ってくる」という感じ。嬉しいような、どこか鬱陶しいような、久しぶりに帰る実家みたいな感じをもたらしてくれる、それが世之介だ。


高良健吾さんが世之介に扮した映画版ももちろん観た。吉田修一さんの作品は『悪人』(第61回毎日出版文化賞と第34回大佛次郎賞を受賞)、『怒り』、『さよなら渓谷』、そして2019年公開の『楽園』と映画化されることが多いが、そうした他作品とはまったく異なるやさしいムードに拍子抜けすら覚えたものだ。


ただしっかりと違法入国者のシーンなどが織り込んであって、そうした唐突な冷ややかさがいつも潜んでいる日常をやさしく描き込んでいることがかえってうすら寒く、そして表面的にはとてつもなく暖かい。僕達はみな世之介であり、それと同時に世之介のような人間は決して存在しえないのだ。


僕は最近Twitterで流行っている「100日後に死ぬワニ」をみるたびに、なぜだか世之介を思い出す。ほのぼのとした日常に死の影が常につきまとう様子が、約束された死が、彼等に・・・、いや僕達全員に共通するからなのだろう。

世之介の人生の移り変わりがわかるような表紙

『続横道世之介』は上記の引用文のとおり、世之介のダメダメな時期を・・・もしかするとこの人はずっとダメダメなのかもしれないけれど・・・描いた作品である。パチンコ通いに定職なし。甲斐性なければ夢もない。そんな世之介にそっと自分を重ね悲嘆してしまう人は、僕だけではないだろう(クリエイティブ司書はパチンコしないよ)。しかし同時に、世之介自身が知りえぬところで周辺の人々が彼に勇気づけられ、生きる希望を与えられ、笑顔を取り戻していることは、読者自身もまた「周辺の人々」として世之介の存在に温められるという恩恵をもたらしてくれる。


「だから世之介は太陽だ」と書くと、なんだか彼が学生時代に無理やり入らされたサンバサークルで踊っている姿を思い出しにやついてしまう。要するに世之介とは、そんな男なのである。


僕は2020年、世之介のような男になりたい。

いやサンバを踊りたいわけじゃないおいやめr・・・。


2020年。

赦し許され、あたたかい人。

そんな世之介のような人間に、わたしはなりたい。


2020年1月17日

クリエイティブ司書 小宮山剛

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