• 小宮山剛

桜桃忌

最終更新: 2019年4月23日

「井の頭公園に行こうか」 それは小雨の降りる日曜日としては、不釣り合いな提案だったろう。しかし少女は何のためらいもなく、何の疑いもなく、私の車に乗り込んだ。神奈川の中心部から三鷹までは車でちょうど1時間。その子はあどけなく、井の頭の緑の深さや、池の水がすべて抜かれてしまったニュースのことについて、ひっきりなしに喋っていた。私はほとんど無言で、今年で製造から18年目になる軽自動車のガラス縁から、少なからぬ雨水が入り込んでくるのを気にかけていた。


「ついたよ」と私は言い、(予定どおりに)眠り込んだその子を起こす。目の前には「斎場」の看板が広々と立ちはだかり、少女の目は皿へと変わる。「私たちはどこにいるの」 「いや、うん。太宰治の遺体が発見された日なんだ」。


6月19日は太宰治の遺体が発見され、その美しき一日に諸作家がさくらんぼを食べながら集ったとされる、桜桃忌と呼ばれる一日である。名称は、作家の出身である津軽の清廉な印象に相応しいこと、そしてその果実と同名の名短編が、作家の死の間際に残されたことによる。


かくして私はひとりの少女を騙し、禅林寺に車を停めていた。「あのさ、森鴎外のお墓もあるんだ」 ・・・沈黙は深く、より広い視座から我々を見下ろしていた。少女は激怒した。少女には文学がわからぬ。ただただ純粋に言葉の音韻を愉しむ、それはある意味で高度に詩的な存在であった。彼女はミューズであり、萬の神であり、ひとりのあどけない少女であり、何よりも憤慨していた。


仕方なく私はひとりで、太宰の墓を探すこととなった。重みを増す雲からささやかな光が降りていた昼下がり、墓石はより一層に灰色にみえた。白とも黒とも言えない、曖昧であるがゆえに絶対である、と言った類の石の色が控え目に輝いていた。


「俺はよう、シラカバってのはわかんねぇけどよ。ともかくバカについちゃ一流なんだな」 墓場ではひとりの初老が大きな声をあげていた。皆誰もかれもが話を聞いていなかったが、白い肌の女性が男をたしなめていた。


「アナタ、一度くらいはダザイを読むベキなんですよ?まずは『人間シッカク』から始めるのヒト多いです。それから坂口アンゴですね。あれは癒しです。フカイフカイ、癒しなんです」 女性の口ぶりや外見から察するに、きっと日本では生まれていないであろう。しかし彼女はあの場で、「ニホン」を、有り体に言えば背負って立っていた。彼女は、何かの象徴となることを欲している人間であった。


いよいよ我慢ならんという様子で小雨が落ちてきて、息つく間もなく大降りとなった。津島家の墓石には桜桃の彩りが添えられ、その前ではファンが写真を撮っていた。にこやかに微笑んでピース・サインを模る女の子は、一体何があんなに可笑しかったのだろうか、いまだに量りかねるところである。


「人非人」と僕は二度呟いた。「そうであってもいいじゃないの」と囁いてくれる妻は、とうとう現れなかった。僕は墓石に集う衆人を後にして、自分の車のもとへと帰っていった。「人非人、人非人、人非人・・・」 今度は幾度も唱えてみた。車があるはずのところへ戻ると、少女は車ごと消えてしまった。

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