• 小宮山剛

3.11をめぐる大記憶

最終更新: 3月11日

3月11日である。2011年の3月11日に僕がどこにいたかというと、神奈川県川崎市のアパートにいた。たしか大学の授業はなく、自宅でのうのうとしていた。

突然の揺れは、福岡で体感した西方沖地震とは比べ物にならない強さで僕の住む箱を揺らした。Amazonの箱に入っている荷物はこんな気持ちかもしれない、と呑気に考えていた自分は、停電した我が家に成す術がなく外へ出て、世間の惨状を知った。東北は遠く、近かった。


あれ以来3月には、全国の図書館において毎年3.11特集が組まれているだろう。忘れてはならないことを受け継ぎ、その記憶を媒介する機能としての図書館は決して無くなってはならない。椎葉村に新しく完成する予定の図書館についても、その役目は果たされるべきだと思う。戦禍、過渡期、災禍、発展、また衰退。一個人の人生と類比するにはあまりに流された涙の多い一国の近代史を保管し、またそれを人類の歴史へと対照させるのもまた、図書館が図書館としての役割を果たすべき世界なのだと思う。


しかしながらここで僕は、2011年の3月に慶應義塾大学がとった開講対応を思い出す。世の学府が次々と授業などを閉じるなか、義塾は開講当初の築地鉄砲洲で戦中も授業を行っていたことを引き合いに出し、断固として授業の継続を唱えたのであった。


在野にありて学問を志すものとして、今できることを先の世の中のために実行する。その目線は永劫の彼方を見渡しながら、その足はしっかりと地につけられた対応だったと今でも思う。


2020年の3月、世の中の目先は下を向き、その足は宙に浮いてはいないだろうか。世間はこれからも回転していくというのに、回るべきものは回らず回るべきでないものが回ってはいないだろうか。何に倣い、何に従うべきか。そもそも何かに従わなければ生きていくことのできない存在で良いのか。


転捻、輪廻、大記憶。これが世継ぎのすべてなり。僕たちは自らが自らの立場でできることを放逸し、自らが太古より育まれた大記憶のなかの一部であることを忘れてしまってはいないだろうか。


だから僕も、この2020年3月の特集に、自らのできることを自らの思いで込めてみようと思う。


「目先の流言に惑わされるな、刮目せよ」


「真実は自らの内奥にあり、かつ大世界の空漠に散らばっている」


そんなことを現代に教えてくれる作家を取りあげて、ご紹介する。それが僕の「クリエイティブ司書文庫」の役目だろうと考える。


ちなみに椎葉村宮銀跡地テレワークセンターは、椎葉村交流拠点施設Katerieへその機能を移転いたします。それに伴いクリエイティブ司書文庫につきましても新椎葉村図書館へ統合され、新たな役目を帯びることになりますことをお知らせいたします。


今後個人的な書籍紹介をクリエイティブ司書文庫としてこのウェブサイト上で行うことはあると思いますが、不定期かつウェブのみでの公開になると思われます。この世界のどこかでこのブログをお読みいただいているあなたの素敵な世界がさらに輝きますよう、細くとも活動を続けていければと思います。



クリエイティブ司書文庫、3月の特集

福岡市出身、慶應義塾大学(予科)入学とクリエイティブ司書と共通点が多い作家、夢野久作。しかしその変幻自在な才能と、夢想家(福岡ことばで「夢の久作」)として、あるいは名探偵としての語り口の妙は、他のどの作家もたどり着くことができない境地と言えよう。


日本三大秘境・・・じゃなかった、日本三大奇書に数えられる『ドグラ・マグラ』は、一度手に取ったものの何のことやらワケワカランというスチャラカポコポコなところもあるけれど、いざ読み返してみたりした時にはもうドグラ・マグラの夢の中、気づけば胎児の夢の真っただ中で白亜紀の恐竜に追っかけられてるというから敵わない。


いやアブナイ、ここで急にキチガイ地獄外道祭文を唱え始めてもナニも始まらない。それどころか連綿とつならなるこの文章の、いや世間の呼吸たる記憶の連鎖すら断ち切ってしまう恐れがあるのだ。この奇書には、それだけの力がある。やすやすと真似事なんてするもんじゃぁないヨ。これは与太じゃないんだ、ホントウだ・・・。


僕は『ドグラ・マグラ』を読んだ折、「胎児の夢」に連なる幾つもの大記憶の連鎖に圧倒されながら、W. B. Yeatsの『ビザンティウム』を思い出し、ケルト神話を引き出し、さらには『君の名は。』まで取り出してしまった。いや『君の名は。』とはまさに呉少年がモヨ子に問いかける言葉なんだけれど、そしてもちろん僕が『ドグラ・マグラ』を読むのは『君の名は。』を静岡の映画館で一人で観るのよりはずっと前なんだけれど、この奇書を手に取るときには既に僕の中に、『君の名は。』のスバラシく爽快な記憶の連鎖が、あくまで集合的な共時的記憶として僕の内奥に潜んでいたというわけサ。過去と未来とは容易に入れ替わるし、もっと言えば「入れ替わる」という通事的順列を前提とした思考自体が、時間という概念を本式に捉えようとした場合はナンノ役にも立たないんだからネ。これがまさに大記憶の観念とも通ずるわけで、僕らは自分たちの日常とはかけ離れたところにあるこの大記憶 ――― イエィツの船、D. H. ロレンスの船、そしてコールリッジの船 ――― から一部の思念を拝借し続けながら生きているンダナ。それはまさに『マトリックス』の世界であり、死に際の壮観を拝まされる『ソイレントグリーン』であり、太古から連綿とつながる記憶の情景を描いたものとしては『クラウド・アトラス』であるかもしれない。そうだよ、Soylent Green is made of people. だね。


ナニ・・・?なんで突然『ドグラ・マグラ』や夢野久作、その他もろもろの「大記憶」に関わるコトガラを話しはじめるのかって?なんだキミは、想像力の無い物書きだね。いやいい、然るべき説明を私が省いていたのかもしれナイからね。たしかに私はものごとの間隙を埋めないままにあれこれと進めてしまうキライがあるんだ。それはよく心得ている。心得ているトモ・・・。ナニ?ぜんたい私は誰かって?それは答えるに及ばんだろう。私はいつだって私であり、ときに私は君であり君もまた私である。そんなことは自明の理じゃないか。タコがタコであるというのと同じくらい、一番強い動物は鵺であるというのと同じくらい、自明なことじゃないカ・・・。


マァ説明してやろう。何とすれば、夢野久作は昭和11年3月11日に死んでいるんだ。このどれほどに狂気的かつ変態的かシレナイ一群の物語を残して、彼は死んでしまった。つまり私がこうして話している84年前に、彼は脳溢血でポクリとこの世から消えちまったというわけサ。ナァニ、この世から消えたといって何が変わるわけじゃない。すべては留まり続けるのだから問題は無いヨ。


そして思うに『ドグラ・マグラ』で描かれた災禍と流転、軸の定まらない回転を続ける大記憶の嵐は、いつの世にも通ずるというワケだ。人は生まれ、亡くなる。犬も牛も、鳥も魚も、ミジンコもミトコンドリアも生成し、流転し、消えゆく。・・・と、思われている。カンチガイされている。そういう取り扱いは生命に対する無礼も無礼。ホンの隙間覗きでしかないというのが、夢野の言うことなんだナ。僕達は或る時代を生きながらにして全ての時代を生きている。ト言うのも、時代なんてものは直線や線分や半直線で表されるものでは到底なく、球形、あるいは集合体としての記憶・・・じみた観念・・・であるというのにホカナラナイのだからネ・・・。


・・・イケナイ!!!とここで小宮山剛は我に返る。これ以上書いてはイケナイ。まるでへんな人と思われてしまう・・・。


しかしもう時は過ぎていた。線分としての彼の人生の一部が、駄文に費やされていたのだ。目の前には朽ち果てる死美人の絵に到底及ばない残骸のような文章と、この後どう続ければいいのかワカラナイような尻切れトンボが残されていた。


ともあれ『ドグラ・マグラ』は、コンナ文章もすいすい読めちゃうような方にはきっとお気に入りとなると思います。日本三大秘境からおすすめする日本三大奇書。手に取ってみられてはいかがでしょうか。


夢野久作『ドグラ・マグラ』

また夢野久作は江戸川乱歩をリスペクトしていたことも知られており、その探偵小説も怪奇千万辿ること快感そのものであります。是非その他の作品についても、これを機に手を伸ばしてみられてはいかがでしょうか。


夢野久作『少女地獄』

夢野久作『押絵の奇蹟』

夢野久作『犬神博士』(古本!)

また、角川の夢野久作シリーズは何といってもその表紙絵が素敵です。米倉斉加年(よねくらまさかね)さんという俳優を本職とされる絵師さんが描いたこれらの絵は、夢野久作の作品にはこれしかありえない!というほどにマッチしています。ところで米倉さんも福岡市出身(西南大学英文科中退)とあり、何というか夢野作品にはとことん惹きつけられます。


また俳優といえば、嶋田久作さんと夢野久作は似すぎですよね。嶋田久作さんはラヴクラフトにも似ていると言われていますが、ラヴクラフトにちなんだ名前と夢野久作にちなんだ名前とどちらがいいかと提案され「嶋田久作」の芸名を選択されたそうです。


う~ん、夢野久作をめぐる世界・・・。まだまだ奥が深そうです。


・・・以下、後日追記・・・


上述のような「クリエイティブ司書の棚」を細々と続けていたKaterie/ぶん文Bun開館前の私ですが、いざ2020年7月18日に開館してみたらこんなに立派な夢野久作コーナーができあがりました。


「並べる」ではなく「積む」・・・。ちょっと手に取りづらすぎるので考え直そうとも思いますが、まぁそれも夢野久作らしくていいかな。なんて思っています笑。


椎葉村図書館「ぶん文Bun」へお越しの際はぜひ「夢」分類にある夢野久作全集を崩してみてください!


小宮山剛(2021年3月11日追記)

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